2010年05月07日

メリケン粉攻防@ N中学回顧録

大好評不定期連載!N中学回顧録!

このカテゴリが一番人気と言って良いくらいで
泣けてくるわ。我が青春はなんであったか。


思春期に、私は冷たくなってしまったのかも知れない。
なんつって。


で、まずは基礎知識。

メリケン粉とは関西地方やあとはちょっと前の世代の
方に主に呼ばれていますが、小麦粉のことです。
メリケンサックと同じく「アメリカの」という
意味で、まぁ舶来小麦粉を指していた訳です。



不思議なことに、沖縄では学校の卒業式に
そのメリケン粉を紙吹雪がごとくぶちまけます。
芸人がTVでやっている罰ゲームに似てる。



卒業生同士がお互いにブチまけ合うのです。
食べ物を粗末にして!と思うと思いますが
仮に生石灰粉でそれをやったら健康被害続出に
なるのでメリケン粉を使ったのでしょうね。
腐れ縁同士が良くやる別れ際の悪態みたいなもんでしょうか。


私の時にはすでにヤンキーの行事となってましたが。


私はこれにもやはり無縁でした。
といってもかなりバカらしいから当然だけど。


このメリケン粉、汚すのは簡単だけど
綺麗にするのはとっても大変なんです。


水につけると余計取れなくなるし、粒子が細かいから
服についてもかなり厳しい。
学校も汚れ、道も汚れ。雨が降ったらぬちゃぬちゃになり
非常に始末が悪いのです。



当然、学校側も手を焼きアノ手コノ手でこれを
未然に防ごうとするのですが、これにも閉口しました。


まず、アフリカの食料問題のプリントが配られ
ホームルームの時間や道徳の時間に
「小麦粉一袋でこれだけの命が云々…」と…。



だってさ、小麦粉がけを率先してやるヤンキーどもは
サボってて教室にそもそもいないんだよ(笑)
なんでオレに言うんだ??!頼まれてもやらんよ(笑)



それにね、そんなプリント配られたくらいで
ヤメるかっていうとそうじゃない。


ヤンキーにとって先輩後輩の繋がりは血縁並みの濃さが
あるわけですから、自分の代になって学校の言う通り
ホイホイやめようもんなら、先輩からは腰抜け呼ばわり
され後輩にはナメられるのですよ。


自分の代(もうこの「代」って響きも笑える)で外圧により
「伝統」(笑)を潰えさせるわけにはいかんのですよ。


アフリカの100万人の命より、どっちが大事かなんて
自明の理、ということです。
(改めて言いますが常識は通用しない!)



学校側は道徳心に訴えてもなにも反応がないことが
分かると、次は実力行使に出ました。


これも笑った。大いに笑った。


卒業式シーズンが近くなって
学校区内のスーパー、商店に行くと…



『N中生には小麦粉販売しません!』



と張り紙が貼られ、うっかり小麦粉をレジに
持っていこうものなら学生証の提示を求められるのです。


酒とかタバコは平気で買えたみたいですけどね(笑)
一体なんなんだろうね(笑)


この学校と地域PTAの協力により、
一気に壊滅させられたかに見えたメリケン粉掛けですが…。


敵もさるもの。一筋縄ではいかなかったのです…。

以下次号!






















posted by nakason at 00:24| 東京 ☀| Comment(0) | ○○回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

時計仕掛けの○○○○。 N中学回顧録

タイトルみてスタンリーキューブリック監督を想起された方、
どうもすみません。


今日もしょーもない話です。


私の出身中学校で流行ってた話です。



何が流行ってたかって?

それは爆竹なのです。

授業中、教師が授業の導入を終えて問題について生徒達の
考える時間にそれは頻繁に起きるのでした。


パパパパパパーン!ッパパパパン!爆弾

すわ、中国の春節のお祭りか!という音量(笑)



当然、授業は中断。

教師陣は犯人探しに校内パトロール。

授業をサボっているヤンキーのうちの誰かが
犯人なのは間違いがないのですが、
中々特定には至らず。。


ヒドい時にはその授業時間が丸々体育館での
臨時全校集会になって、そうでない場合でも
帰りのホームルームの時間に臨時全校集会になっていました。



そこで校長/教頭の両タッグで「こんなバカなことは
もうやめろ!」と口を酸っぱく言う訳ですが、
そもそも、そこにノコノコ出ている人たちは「やってない」
善良な生徒達で、当の実行犯は学校をフケて
ゲームセンターにカツアゲに行っていた訳ですから
なんとまぁ哀しいスレ違い…。


やってもいないことで長時間拘束されお説教を
垂れられれば善良な生徒たちも「こっちは授業を
妨害されるわ、説教されるわ、帰り遅くなるわ」で
皆不満を言っていました。


思春期の反抗期ですから、皆ヤンキーに腹を立てる
より教師達に腹を立てて、「何だかなぁ」と思ったものの
被害者は確実に私達なのでした。



まぁ、それでも教師は大人ですし、バカという訳でもないので
色々と対策を立てていました。


先ず一つは、爆竹を「売らない、買わない、もたせない」運動を
付近のお店にポスターを作って貼っていきました(笑)


イケナイ薬の防犯ポスターみたいだなぁとシュールに思ったのですが
「N中学の生徒には爆竹を売りません!」って張り紙を
出しているお店はとても笑えました。


次に、さっきの授業までいたのにふと居なくなっている(サボってる)
ヤンキーが居たらそれを生徒指導の教諭に連絡して
校内パトロールを緊急配備する、という手段に出ました。


さて、そうやって包囲網を作られちゃったヤンキー達は
困ってしまいました。

ウカウカ買えないし、ウカウカ鳴らせないので。


爆竹の入手については、パシリに隣の町まで買いに行かせる
という暴挙に出ていた様ですが(ギザヒドス)、
授業中の校内パトロールが厳しいのでかなり苦戦していた
様です。



そんなある日、事件は起きました。


パパパパパパーン!パパパパパーン!どんっ(衝撃)爆弾

けたたましく授業中に爆竹がなったのです。


教師達は驚きました。

その日は犯人と目星をつけられてるグループから
欠席は居るものの特にサボっているヤンキーは
居なかったからです。


私達も驚きました。「コイツが犯人だろ」って思っていた
ヤツが教室にいたからです。
(ヤツはニヤニヤしていた)


何があったのか。

教師達は爆竹の鳴った方に急いで走っていきました。
私達も何が起こったのかを確かめるべく
教師のあとを走ってついていきました。


そして校舎の二階と三階の間の踊り場でそれを見つけたのでした。




蚊取り線香の上に爆竹が…!





それを見た瞬間、腹イテーのなんのって!(笑)
「…そこまでして…!そこまでして鳴らしたかったのかよっ…!
…お前らッ…!泣」


その意地の張り方は一体何なんだ!未だに分からないよ!

しかもね、授業の良い所で爆竹が鳴る様に
蚊取り線香の長さを調節している訳ですよ!



その知恵と、労力と、意地の張り方、
完全にベクトル間違ってるよ!

と帰り道にヤツにひっそりと伝えましたが
伝わったかは分かりませんでした。


あ〜、冒頭に書いた通りにしょーもない話で
どうもすみませんでした。



posted by nakason at 01:27| 東京 ☀| Comment(0) | ○○回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

ヘキサゴンでは笑えない。〜N中学回顧録

意外に好評(?)の本シリーズ。
分かる人には分かる、という内容で今後もちょろちょろ
書いていきます!

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去年がヒドいピークでしたね。
いわゆる「おバカブーム」というやつです。

クイズ番組で常識クイズを出して間違えた人を
笑う、というアレです。

普通に義務教育を受けていれば分かる問題に
対して間違ったり珍回答をした人をイジるという
のが流行っておりましたが、私はどこも愉快に思えませんでした。
人を掴まえてバカだな〜、と笑うのは楽なのでしょうが。


何故、私が愉快に思えなかったかというと理由の一つは
人を笑わせる、と、人に笑われるというのは
紙一重でありながら次元の全く違う話だからです。


人を笑わせる、とういうのは素晴らしいことですが
人に笑われる、というのはある意味での否定を
される行動だと思っています。認められていないからこそ
生じる笑い、と言いますか。


そして第二の理由が、TVに出てる人は「仕事」で
多額の「お金」をもらって笑われに出てるので
演技のやり様や笑われ様にも気を使っていると思いますし
誰しもその「珍回答」が故に人生を誤ることはないと思います。



これが「現実」であれば話は全く別です。
お金や評価は一切もらえず、人に笑われるばかり。
笑われるならまだしも何も言わずに周りを人は去って行くでしょう。



会社で新しい仕事を一緒にやるパートナーが
四字熟語で弱肉強食を「焼肉定食」とリアルで間違えていたら
とてもじゃないけど一緒にはやれない、と思うと思います。


ヘキサゴンやオバカタレントの世界は仮想現実だから
まだしも笑えるのであって(私は一切笑えませんが)、
全てリアルだったら全く笑えません。
一ミリも笑えない。



私の中学がそうでした。全く笑えない。


その当時、ヤンキーの間では難しい熟語や
漢字が流行っていました。
「愛羅武優」(アイラブユー)や「夜露死苦」(ヨロシク)等は
結構メジャーですよね。
あとは「愛死天流」(アイシテル)とか薔薇とか。

それを楷書体で机に彫り込んだり柱に落書きするのも
流行っていました。


その中でも目についたのがヤンキーカップルが出来た
際に机に彫り込む、カップルのお互いの名前を
彫り込んだ後に「永遠不滅」と書き込む行為です(笑)
長嶋引退時の巨人軍か!

相合い傘が裸足で逃げ出す世界。
恐ろしい。


さらに常用漢字を漢字をマトモな書き順で書けない連中が
「永遠不滅」を漢字で彫り込むとどうなるか…。


これは、実話です。

それも一例や二例ではない。リアルに凹む世界です。

そう、「永遠不滅」じゃなくて…。


「永遠不減」



という書き間違い…!!!!!!!
永遠に減らない! なんのこっちゃ(笑)ある意味正解か。

笑える?? 隣の机でコレをマジでやられたら笑えないよ!
教えてあげるべきか非常に悩むし。



あと、私の中学は成績の決め方が「テストの点数」「提出物」
「授業中の発言」で決まっていたので、分からなくても
なんでも皆ハイハイ!と手をあげるのでリアルヘキサゴンの
世界でした。。。

当然、珍回答の続出で授業は遅れるわ面白いこと言ったもん勝ち
みたいな空気になるわでそれはもう惨憺たるもの。
珍回答で笑えるのは最初の一瞬だけです。

そして何より笑えないのが「珍回答」は一瞬であっても、
笑われる瞬間は一瞬であっても、笑われる彼らの一生は
連続してずっと続いて行くということです。
(14歳でなら許される、じゃあ40歳では許される?)

お金も評価ももらえず、誰も相手にしない状況で
一人「珍回答」を繰り返す日々が彼らに来ていやしないか、と
私は心底恐ろしく、心配に思います。


頭の良さと「学力」は全く別ですし、人間性と
「学力」は全く別なのを私は知っていますが
世の中の「ふるい」は時として非常に残酷なものです。


だからヘキサゴンでは、私は笑えません。















posted by nakason at 23:59| 東京 ☀| Comment(2) | ○○回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

X Japanに揺れるN中学校。

私の卒業した中学はヤンキーの巣窟の様なもので
あらゆるものがヤンキー一色でした。

短ラン、ボンタン、ドカンに始まり
剃り込みアイパー、長い後ろ髪…。
自転車も紅白の日章旗柄に塗ったりしててね…。

本は全く読まないのに皆漫画は授業中もずっと読んでいて
主に「特攻の拓」「カメレオン」「静かなるドン」
「今日から俺は」とかが読まれてました(笑)

暴走族、ヤンキー、任侠モノで溢れてました。

女子もスカートが非常に長く、上着は短く、
デッキシューズのカカトを潰して履いてて、
前髪はカマキリの斧のごとく固められていました。

トイレにタバコのフィルターが
浮いているのをしょっちゅう先生に見つかって
毎日ホームルームで説教タイムが取られる程でした。



音楽は、当時は噂のTKブームだったと思うのですが
断然X japanが流行っていました。
男子女子問わず。


ヤンキー達は昼休み必ず音楽室に集まって
「紅」の練習を熱心にしていて、
あるヤンキーの机には彫刻刀で
紅の歌詞が全て彫り込まれていました(笑)


コイツら、大人の言うことは全く聞かないけど
Xの言うことは聞くんだなぁと感心したものです。


私はそんな周りの熱に耐えきれず
一歩引いてみていたのですが
ネコも杓子も紅でした。


そんな状況に囲まれていたので当時の私には
自分がギターを弾いたりバンドをしたりすること
なんて夢にも思わないものだったのです。
それこそ「ロックは不良の音楽」どころか
「ロックはド不良の音楽」を
地でいっていたので(笑)


ところが、縁とは不思議なもので
私が高校2年になって暫く経ったころ、偶々道で
あった中学時代に熱心にXをコピーしていたヤンキーの
U君に会い、聞けばもうギターは辞めた、とのことで
譲ってもらったギターが私が最初に持ったギターでした。


N中学がその時X japanに揺れていなければ、
U君がその時ギターに飽きていなければ、
私はギターを持つ機会を逸していたかもしれない、
と考えると縁の巡りはつくづく不思議だなぁ、
と思うのです。









posted by nakason at 00:58| 東京 ☁| Comment(0) | ○○回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

再会は突然に。〜N中学の亡霊〜

さ。大型連載の始まりですよ!(誰も期待してねーよって?笑)
帰ってきてヘロヘロの状態で書くことではないけどね!(笑)

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その始まりは突然だった。
高校を出て直ぐ大学進学をして暫くしたある冬、
年が明け成人式の話題が盛り上がる時期の頃だったと記憶している。

私は成人式の日には丁度色々重なってしまい、帰省を見送って
東京にいることを決めていた。

そして、成人式が行われた日には友人(先輩ですな!)の実家に厚かましくも
泊まって賑やかに過ごしていたのである。

翌朝目を覚まして、朝食までご馳走になってしまったので
あるが、その時ついていたTVのニュースがどうにも騒々しい。。

(騒がしいなぁ…一体、何のニュースだ…?
なんだか見覚えがあるような…)

友人は言った。
「これスゴいな! 沖縄だってさ!(笑) ナカソン知ってる??!」

道理で、見覚えがある訳だ! 沖縄の実家の近くにある
『那覇市民体育館』が確か成人式の会場だったっけな!と。

そしてニュースはこう続ける。

キャスター「那覇市の成人式で、式典の妨害行為があり
泥酔した新成人が体育館の門扉を壊した、
器物損壊の容疑で逮捕されました!」

映像には激しい蛍光色の袴を来た頭のツンツンした若者達が
警官と揉み合いながら何か叫んでいるのが映っている。

私は絶句した。これ、映ってるの同級生達じゃん…。

更に映像は、成人式の会場で鏡割りをしたり、
「20歳になったんで、もう酒と
タバコはやめようかなぁ〜(ヘラヘラ)」と
インタビューに答える青年、更には出身中学校ごとに
色違いの袴を来たヤンキー達が集団で街を闊歩する様が
次々と映し出されていった。

知っている顔が沢山映っている…。

あの時の恥ずかしさと「帰らなくて良かった〜…」という
安堵感は本当に言い様がない。

そのニュースはセンセーショナルに日本を駆け巡り
それ以降成人式が近づくたびに蒸し返される様な
問題に発展していった。

そして、その災難は我が身にも降り掛かり
沖縄出身と知れば必ず「成人式、スゴいよね!(笑)」と
暫くの間はイジられる様になってしまった。

これがただ出身が同じ県というだけで
私と全く関係のない人たちの事柄であれば、
私は何も感じず「バカだなぁ…」という感想で
済ますだけの話だと思うのだが
その問題の核心の一つに私が3年間を一緒に過ごした
学校、同級生達が関わっていることが、
私を穏やかじゃない心持ちにさせた。

それなりに楽しいことや、バカな話も
中学生時分には同級生達としたものであるが
その思い出も何だかその瞬間に明らかな「過去」になって
しまった様な気がしたのだ。

世界がズレていく音が聞こえた。

注意して欲しいのが良くある
「キミとボクじゃあ住む世界が違うんだよ?」的な
勝ち負けの話がしたい訳ではない。
これは誤解しないで欲しい。
私は良い人生を送っているがそれは決して
「何かと比べて」存在するものではないし。

高校時代の友人とは今会っても、今のお互いの話や
思い出話を楽しくすることが出来る。
過去から今にきちんと繋がっている感覚がある。

でも、N中学の同級生とは会ってももう「昔話」しか
出来ないかも知れない…と思ってしまう。

単に私の心持ちの問題かも知れないが、
私も変なバイアスの掛かった状態で見てしまっているし
向こうも何かしらのバイアスを掛けて私を見てしまうだろうな、、と。
(当然、全員が全員ではないけれど)

一度、帰省した際に偶然実家近くのコンビ二の前で
たむろしている中学の同級生の集団に会ったことがあるのだが
「お前は東京に行けて良いな」という話ばかりされて
辟易したこともあった。

何だか成人式のニュースもそうだったが
彼らがまだ「中学時代」に捕まったままそこに居続けている
様な気がして、そこから離れてしまった私には
とても居心地が悪い関係になっているのである。

N中学をちょっとした亡霊の様に感じてしまうことが
たまにあるのだ。


----------------------

カタい文になったなぁ(笑)
長々読んで下さった方、ありがとうございます。
退屈しのぎにもならずにすみません。

次回以降は面白ヤンキーエピソードや
沖縄にある謎の「小麦粉かけ」という
ヤンキー一大イベントの解説なんかもしていきます。








posted by nakason at 00:03| 東京 ☀| Comment(0) | ○○回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

N中学回顧録1

スケジュール的には時間あったはずなんだけど、
相変わらず時間の使い方が下手で今日もこんな時間…。

------------------

今日、時間が出来たらこのブログに我が出身の中学で
起こっていた珍事件の数々をたまーに連載していこうかと
いう着想を持ってしまいました(笑)

スゴいんですよ。私の出身中学校。仮にN中学校としましょう(笑)
超ヤンキー校でした。

泣く子も黙る、なんてヌルイもんじゃないです。
泣く子からも構わずカツアゲするって感じ(怖)

授業中に警察が来て同級生が逮捕されるとかね!(笑)
本当にありました。

高校は県立のマトモな進学校(旧制一中系です)に行ったのですが
最初の自己紹介で出身中学を言った時に教室中がザワついたのを
今でも覚えています。

高校の同級生曰く、街角でN中学校の制服を見かけたら恐喝される
から逃げてた、とのこと(笑)

沖縄はちょっと特殊でいわゆる「番長」のことを
「幹部」、副番長のことを「副幹部」って呼んでたなぁ(笑)
なんかリアルで嫌ですよね。

思えば、私の集団行動に対する不信感や学校のシステムに
対する不信はこの中学校での経験が根っこにあると思います。
(その反作用だけで東京の某国立教育学部を卒業してしまったくらい!笑)

東京で同郷の人に会い、出身学校の話になると
今でも引かれるんですよね。。
「えっ!あそこの卒業生なの!?」という感じで。。

色々、面白エピソードがあるので思い出したらちょこちょこ
書いていきたいと思います。

ちなみに、同窓会の手紙がたまに実家に届くようなのですが
いつも出席出来そうにもないタイミングで来るんですよ。。
一度、保管されていた招待の葉書を帰省の際見たのですが
全面ショッキングな紫色な上に、会費バカ高で流石!期待は
裏切らないな!と思ったものでした。

あまり面白い内容ではないと思いますが、
たまーに書くのでね、流して読んで下さい。


posted by nakason at 01:32| 東京 ☁| Comment(2) | ○○回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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