2013年04月27日

コンプレックス。


やばい。ゆっきーさんに目撃されてしまった。。
恥ずかしい!(笑)きっと口を開けて自転車漕いでたときか…!

まぁ、恥ずかしい。



それはさておき、
昨日日記の中で「ギターを習う」ことに抵抗があるって
書いてたんだけど何でだろーと思い返してみたら、

やっぱり私の音楽の根っこの方にコンプレックスみたいなのものが
横たわってるのを改めて感じてまして。

今までの上達も、伸び悩みもこのコンプレックスのおかげかなぁ。
今はこのコンプレックスをようやく退治するフェイズに移ってるんですな。


私、本当にスタートは音楽劣等生なんです。

もともと、音楽好きな母親の影響で赤ん坊のころから
ビートルズ、マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダー、
ビリー・ジョエルとかが子守唄代わりに流れてる家で育ったので
音楽や歌、踊ることが好きな子どもだったんです。

で、好きなときに好きなように歌ったりしてたんですけど、


ちょうど小学校の時かな。
例によって歌ってたら「音痴」と言われちゃって。
更には音楽の授業のリコーダーが、私、小指だけ短くて(今もなんですけど)、
半分だけ押さえる高音のパートが出なくて、それで大嫌いになって。

追い打ちを掛けるように、音楽の授業で一人ずつ前に出て歌うテストが
重なって(今思えば最悪の音楽教師だった)、そのちょっと前に
「音痴」と言われた恥ずかしさが重なって上手く歌えなくて、


通知表も酷い有様で、なんで音楽でこんな目に合わなきゃならんのだろう
と思って、嫌いになっちゃったんですよね。聴く分以外は。


高校は音楽が選択だったため取らなかったのですが、
中学までの音楽の最高得点が100点満点中の42点。
音楽の通知表は万年5段階評価の『2」。


よく考えたらこれで今まで良くこうやってきたよなぁ(笑)

で、高校2年生からギターを弾き始めて。
やっぱり音楽って楽しい!って思ったものの。

自分が「音痴」だというレッテルや、音楽教育に対する
トラウマ、コンプレックス。
習いに行ってもまた恥をかいて痛めつけられるのかなと
思ってて。


独学で頑張ろう、って思ってここまできちゃってたんです。

もちろん、今まで直接・間接で私の音楽を成長させてくれた
仲間や『師』と呼べるような方との出会いがあり、
音楽の楽しみを教わってきたので、完全な独学ではなく、
出会いとか縁の巡りあわせに感謝してます。

習わなくても、賢く、楽しく、美しく、
カッコイイ音が出せるんだぞ!
って無意識の意地もあったかもしれませんね(笑)

そういうコンプレックスからくる負けん気みたいなのも
強いモチベーションになったかなと思います。

「楽しい」ギターを弾くね、って良く仰って頂けるのですが、
その音楽の「楽しさ」で続けてきて、純粋に演奏する歓びが
モチベーションになってきていたので、
それが溢れ出てるんだと思うんですよね。

ホントに音楽とギターって楽しくて。これは最初に触れ合った
その時から今でもずっと変わらず続いていて。
楽しいんです。

こんな楽しいものをもっと人に伝えたい、喜びを共有したい
って思っていて。

そこなんだなーと思います。

きっとその気持ちの強さを作ったのは
コンプレックスに対する反発も少なからずあって。

いやね(笑)出来ればコンプレックスなんてない方が
もちろん良いと思いますけど。

禍福は糾える縄の如し、というやつでしょうか。


今はそのコンプレックスの所在もはっきりして、
ようやくコヤツを退治出来る状況になってきました。
まってろ、退治してやるからな!(笑)


「音痴」なんて誰でもいくらでも解消出来るって
こともハッキリ分かってますし。


一人でも多くの人に、音楽の楽しさを伝えていけるように。
なんだか今、凄く良い道筋が見えているのです。

ありがとう。





posted by nakason at 00:52| 東京 ☔| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

後悔した話。


うーん。あんまり縁起の良いタイトルではないけど、一つ。
昔の話ですが。

自分のギタリスト人生を振り返って、大きな後悔が一つだけあるんです。
あんまり後悔とかはしないんだけど、これは大きい、ってやつ。
今でもたまに思い出します。


それは何かって言うと、

俗にいう本番を飛ばした、ってやつです。

うん。出演を直前に辞退するってこと。
ブッチっていうんですかね。

もちろんその時にはその時なりの理由(言い訳)がありました。
ライブのスケジュールが立て込んでいて、
十分なリハーサルが取れなかったとかなんとかで、
「こんなんで出てもお客さんに申し訳ない」みたいなこと言って。

今思っても自分で自分を絞め殺したくなります。

バカかと。アホかと。
それはその前にちゃんとスケジュール立てて
充分リハしろよと。自分のモチベーションの低さや自信、
実力のなさに色んな理由つけんなよと。
出来ないなら最初から出来ない、出ないと言えよと。
それが出来ないのにミュージシャン面はやめろよ、って。

その本番に出なかった日のその時間に、そう思ってました。

楽しみに予約してくれてたお客さんも
いただろうし、一緒に出演していた人にも迷惑かけたし、
それにさ、きっとそのとき私よりもそのステージに
立ちたいって思ってた人やバンドもいたと思うんだよね。
でも、本番飛ばす様なバカ野郎がいたせいでその人達は
ステージにも立てなかったんだよね。

そうなると、本当にもう死にたくなる話で。
今でもその時の自分が許せません。


前にもこのブログで書いたと思うけど、

私はきてくてるお客さんだったり、
一緒にステージを作るメンバーや共演者、スタッフの
『時間』こそが貴重なものであるし演奏の対価だと
思ってます。

もちろん、実際の『お代』っていうのも
負担頂いているので、それに見合った内容を
担保しないといけないし、それが大事なのですが、

それ以上に、

会場まできてくれる時間、観てくれる時間、
帰るまでの時間、

これはお金で表せることではなく、
それぞれの人生の大事な時間をこうやって
使ってくれることに対して、

素直に応えることが出来れば、
応えたい、と思っています。

そしてメンバーや共演者、スタッフの皆とも、
お互いの人生の大事な時間を使ってるんだから、
今出来るベストを尽くせれば、と思ってます。

こうやって書き出してみると
一層あの日の自分が許せなくなるね!(怒)

ちょっと思う所があったので恥を忍んで書いてみました。
本番ってのはそういう意味では人生みたいなもんだから、
本番飛ばす人間ってのは何かしら天秤に色々掛けてるんだろうな
って、思います。二度とやんない。

次があるよ、

なんて言うけど、ステージに『次』は無いんだよね。
今しかない、同じステージは二度と無いから。
次ってないんです。


そんなこんなで、

明日(日付変わって今日)は今年のライブ納めかな?
結構ボリュームのある2ステージになりそうです。

みなさまの『時間』に応えるべく、
良い演奏しますので。

遠慮なくワイワイ楽しんで下さい!!!

ではでは。

posted by nakason at 02:32| 東京 ☔| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

政治とか社会とか。


一部では政治的・社会的ブログと言われていたこのブログですが(汗)
最近めっきりその手の記事が減り、心配されることもあります(笑)


日本って、そういう社会的なことや政治的なこと、宗教の話って
結構タブーっていうか、中々こういう「誰が見ているか分からない」
場では書けないし、知った仲でもお互い中々言いづらい環境にあります。


今、国際社会や国内の政治でも問題山積じゃないですか。

日本だけでも増税の問題、社会保障の問題、経済の問題、
尖閣諸島や竹島、北方領土の領土問題、TPP、震災復興、原発…
駐留米軍・安保の問題…

数えきれない問題を抱えているのに、なかなか口に出せない。
問題を共有出来ない。

解決を「世論」という得体の知れないものに任せて
ソレに流されてしまう。

自分で問題を考えないし、答えを探さないし、
もっともらしい「世論」で考えてしまうわけです。



その根本って、「みんな同じ日本人」という
錯覚があるからなんじゃないのかなって常々思っていて。


みんな自分と同じ考え方って思ってて、
色んな事柄についても多くの人がそう思っているから
そうなんだろう、っていう錯覚があって。


そういう状況だから人と違う考えを中々表明出来なくて
空気を読んで言わない。
深く考えない。

政治や社会問題は偉いヒトと世論にオマカセ。



こういう風潮だからまぁそりゃ政治家はパフォーマンスに
走るわけです。世論を取れれば「勝てる」から。

そうやってインチキマニフェストを立てて世論を釣り上げて
エラい目にみんな遭うわけですが、
それでも平気なツラをしている与党様の無責任っぷりも不愉快ですが
こういう結果を作ってるのは日本全体の「政治」や「社会」の
タブーっぷりだと思うんです。

これで民主主義とか笑っちゃう。

国民一人一人でマトモな議論も出来ない社会なのに
それらの代表の議員様がマトモな議論を出来るわけないもの。


一人一人考えは違って当たり前。
だからこそ議論してベターやベストを探せるんですもの。


でも、今の日本は「先に結論ありき」で一切反対意見を認めない
幼稚なものや立場を守るだけの発言ばかりするエラいヒトが目立って、
とてもじゃないけどお互い知恵と手を尽くしてベストを探そうという感じが見られない。

増税も原発も領土問題も安保も。

国民全体もそう。みんな「よく分からないけど」なんとなく「反対/賛成」。


メリット・デメリットの充分な検証もなく
TVや新聞の「世論」で決めちゃう。




考え尽くして、自分の導き出した答えって、
それが例え100対1の少数意見であっても、
正しいんです。


本当の意味で成熟した民主主義なら、
それらは排除されないんです。
どんなに小さな声でも。


そういう意見が集まって
全く正反対の意見同士からでも妥協点や改善点を
探し出そう、というのが民主主義なんです。

勘違いしているヒトも多いけれど、
多数決が民主主義じゃないのです。


「みんな」と考えが違っていても
そこに根拠がきちんとあって答えまでの
道筋があるならばそれは正しいことだと私は思います。



何もしなくても、考えを持たなくても、
今日と同じ明日がやってくる、
同じ社会が続いていく、
エラいヒトがなんとかしてくれる、

という刷り込みが長く続いてきて
今の日本の山積みの問題を産み出してきました。


その陰で声の小さいヒト達は搾取され、
問題を押し付けられ、先送りされて
今に至っています。


考えや意見は違って当たり前。

一つ一つの問題に対して、意識をもって
自分でも解決策を考えていく姿勢が大事ですよね。

世論とか政治パフォーマンスに釣られることなく。


現代の国際社会は本当に待った無し、です。
昨日の花形、今日の斜陽というのは当たり前ですし、
経済や国家間の摩擦も誰かのビジネスになっているので、
「誰かの意見」に乗っかって知ったかぶりしていると
あっという間に貧困や搾取とお友達になってしまいます。


直接的なメリット/デメリットやそれらを取り巻く
思惑の流れに対してまで目をしっかり向けて、
一つ一つ自分の考えや意見を持つというのはとても大事なことです。

違う意見が集まってこそ意味のある議論であって、
「ほらみろ!お前のとこたった2人しかいないじゃん。
こっちは15人同じ意見なんだぞ」というのは議論じゃないんです。


多い方が正しい、って考え方自体が腐ってて、
それをやっていくと次は多い人達の中から色んな問題が
起こるたびに少ない人達が切り離されていっちゃうから。
最後に残るのは誰なんでしょうね。


しっかり考えて、自分の意見を持って、色んな人と
建設的な議論が出来る様になりたいですね。

なーんて、当たり前のことを長々と書いてしまいました(笑)

posted by nakason at 01:59| 東京 ☀| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月15日

消費税10%


先日、マニフェスト全ブチ破りの民主党政権様が
またやってくれましたね。
いつぞやの総選挙前のチラシをお持ちの方は是非
今の現実と見比べてみてください。

笑っちゃいますけど、ついに消費税10%。

各所、各識者が「財政上増税やむなし」と
論を張っておりますが、これって健全な消費、
健全な成長、それに見合った社会保障あっての話ですからね。
今の日本どうよ。


安けりゃ良い、人員もコストとしてしかみない、
決して高福祉とは言えない単純に高齢化社会で
対象人員増えて高コスト化している社会保障。


バカ言うなよと。



こういう消費税云々の時に必ず出るウソというか
論点ずらしが、

「欧米と比べると日本の消費税はまだ低い」

って話。

はぁ?


同じ福祉、社会保障、経済でやってんの?
っていうと全然出来てない。
依然として教育も医療も介護も金が掛かる社会。

「高福祉」を実現するための増税じゃなくて
「このままじゃ破綻するので維持のため」の増税。

結局前々の世代からのツケが回ってきたってだけの話。
しかも「使い方、無駄遣いは今まで通り」と
お墨付きです。ふざけてるのかね(笑)


結局上の世代がさんざん「ツケ払い」でしてきたことの
帳尻合わせ増税。

もうね。普通じゃない感覚ですよ。


個人的にはこの先「増税やむなし」ってのは
分かります。納得してる。

だけど、「今までの無駄遣いの維持」のための
増税は違うと思います。

健全な消費、成長が出来る枠組みや制度作りがあって
初めて「増税=税収UP」になるはずです。
今のままだと絞れる所から絞るだけで
結果的に消費や景気の冷え込みは避けられず、
結果的に税収減になるのは間違いないです。

経済って繋がっているから。


しかも今回の増税の何がヤバいって、
一律かつ全国だからね。

相当重税になるよ。


あの世界一の金融都市、ニューヨークですら
消費税にあたる税金は8〜9%。
しかも食料品、日用品、100ドル以下の衣料品は
無税です。無税ですよ。スーパーのもの大体。


よくこういう消費税云々で日本はまだ軽いって
言ってるけど大ウソだからね。
税率高いとこでも大体贅沢品や嗜好品には掛かるけど
その他かかんないものも沢山あるから。


しかも日本がまだ地域コミュニティを前提とした
消費社会を作ってたならまだしも
「安いもの大好き」「流行り大好き」だからね。

一時期話題となった「シャッター商店街」の成り立ち
だってそうでしょ?
電器屋戦争だってそうでしょ?

郊外に大資本のデカいショッピングモールが出来て
「(大資本故に)安いから」と「一カ所で全部揃うから」、
「流行りものも手に入りやすいから」って
理由でそこに消費が集中して、
地元のお店を駆逐したからこそシャッター商店街が
出来たわけですよね。


まぁこれが資本主義というヤツなので致し方ないですし
結局リテラシーだったり「時代」や「趨勢」には
敵わないって話なだけの気もしますが、
シャッター商店街を作っているのは他でもない
地元の人達なんですよね。
(少子高齢化、過疎化で店を継ぐ人が出ないってのも
大きな理由ですが)

で、今回の消費税増税。

末端の「消費者(いわゆるお客様)」だけの増税と
勘違いしている人も多いですが、ちょっと違います。

お店が「仕入れ」する時にも掛かってくるお金なんですよ。

単純にいっても今まで105円で仕入れてたものが
110円になるわけで、その分をお客さんに売る時に
上乗せしないといけないわけです。
(お店が実際に納める際の消費税額は差し引きとなりますが)

そうなってくると大量仕入れ/大量販売に強い大資本の
お店が「価格競争」において一層有利になります。
小さいお店は原価も抑えられない上にそれに掛かる
税額も変わらないので「価格」では勝ち様がありません。
流行りの「付加価値ビジネス」なんてのをやるにしても
相当な知識やアイデアで「価格」の壁を越えないといけません。


日本の多くの人が「小さくて少し高くても
素晴らしいサービス、商品を提供出来るお店」を大事に出来る
消費文化を持っていれば別ですけど、

「ブランドものですら安く買いたい」なんて思ってる人が
沢山いるからショッピングモールに商店街が駆逐され、
高い技術の職人が人件費の名の下に駆逐されている様な
消費社会・消費文化を作ってきてて、
「安いのは正義」でデフレが止まるわけないんです。

で、

この状況で消費税増税。

大資本のスーパーは当面「お値段据え置き」で
体力(資金)を削りながら勝負に出ることでしょう。

でも、小さいところは絶対値段を上げざるを得ませんよね。
入れ値の時点で膨らむから。


それが何ヶ月か続けば「安いの大好き」の価値観が
出来上がってるこの日本の消費社会ですから、
相当特別な付加価値を持っている場合を除いて
零細、中小小売りの場から死んでいきます。
1年は持たない。


大資本企業的にはそうやって中小の小売りが死に絶えた
あとにじんわり値上げしていけば、
自ずと独占の構図を作れるのでそりゃ増税も
賛成だと思います。
国が独占を手伝ってくれるんだもん。


でも経済は繋がってるからね。
結果が回りに回って、
雇用も待遇も冷えきっていきます。
もちろん給与だって下がります。


人間の価値も「人件費」のもとに
「安くて沢山働く方が良い」って値切りまくられる
結果になって、結果よその国の大資本に丸まる買われるか
安く使える人達との競争の日々になると思います。
今の路線なら間違いなく。

そのときには今みたいに「維持のための増税」なんて
バカげた話にはならないと思いますが、


今の消費や雇用、税収の使い方を観てると間違いなく
上に書いた通りの進み方になります。
逆転ホームランは有り得ないし人口ピラミッドは覆らない。

もっと正しい税の使い方、国民の消費文化の成長・見直し、
社会保障の在り方(ローコスト化かつ必要な人に必要な分だけ)、
雇用の柔軟化や生涯キャリアの多様化、教育のローコスト化を
セットにしないと、少子化もクリア出来ないし経済成長も厳しい。

今回の消費税増税は浅い海で立ち泳ぎ中に足がつった人に
重しを載せてる様なやり方。

もうほんと。末端から即効で死んでいくやり方。


こういう状況下で「単独・一律・改革無し」の消費税増税は
愚か以外のナニモノでもなく、国を潰す劇的な一歩になると
思うのですが、どうでしょうか。

せめて色々改革込み、なら別だけどねぇ。

「国民の生活が第一」(笑)
豆腐の角にアタマぶつけて一昨日来いって感じの
まさに噴飯もののキャッチコピーですなぁ。




posted by nakason at 02:49| 東京 ☁| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

質問。


ここ数年で一番良く質問される項目が、
ギターのことでもなく音楽のことでもなく、
「そんな服(主にズボン)、どこで売ってるの?」(笑)

変かな〜…。私として別に派手さとかで選んでるんじゃなくて
ピン!ときたら買う様にしてるんですけど(笑)
あはははは。

あ、アレ、普段着なんです…。

洋服って、各ブランドともに毎シーズンちゃんとトレンドの
主流にのる商品を主力として展開しますが、
デザイナーさんの遊び心みたいなラインナップもこっそり
出たりするので、そういうのが好きだったりします。

顔が濃いおかげでベージュとか薄い茶色、白系が
全く似合わないので、大体のトレンドのものが
買えない辛さもあります。。

色が鮮やかなものやシルエットが出るものを
ついついね〜。
せっかくなら攻めたいしね〜。。


とは言っても、私が持ってる数々のピタピタズボン、
第一印象は「いやぁ…流石にこの柄を履くのはキツいでしょ…」
って自分でも思いますよ(笑)ほんと。

でも何だか「う〜ん、段々『アリ』な気がしてきた…」
ってなって、最後には、

「このズボン、オレが買わなかったらきっと売れ残って
処分されちゃう!大変だ!」

ってなって買っちゃう(笑) 情が移っちゃって(笑)

気に入ってるデザイナーさんがいて、その人が
しょっちゅうそういうのを出してくるんで困ります。
しかもタチが悪いことにサイズとかがピッタリなんですよ〜(泣)

そんなこんなで、別に狙って買ってるって訳でもなく
ただしっくりくるから買ってる、ってだけなんです。


と、こんなこと書いても「どうでもいい!」って感じだよね(笑)
うんうん。すみません!

もう書かないぞ!(笑)


----------------


今日も速く弾いても音の定位が上ずらない
弾き方を研究してたんだけど、これが難しくてねぇ。

やっぱりピッキングのスピードと脱力×重さを乗せる形が
速く弾くと難しい。
イメージは掴めているんだけどなぁ。

あとは押さえる指の質と言うか「圧」って言うのかな。
ここらへんの揃え方も定期的に見直さないと
楽しちゃう崩れ方するんだよね。

引き続き研究しようっと。


一般的なシュレッドスタイルの速弾きって音色を
かなり犠牲にしている様に感じていて、
均質に速く弾くために音が細くなったり、
硬くなったり、上ずったりってのが殆ど。


昨今のメタルとかのテクニカルな演奏が
一般の人に受け入れられていないのは、
やっぱり聴いてて心地いい音じゃないからってのが
デカいと思う。みんな音の傾向が似てるし。

あれで喜ぶのは「ギターの表面的な難しさ」を
知ってるギターを弾いたことのある人だけだよね。

楽器本来の魅力的なサウンドと速弾きは両立出来る
はずなんだけどなぁ。

さてさて。精進精進。
posted by nakason at 01:23| 東京 ☔| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

I'm an optimist.


今日、友人達と他愛も無い話をしておりまして。
その内の一人が最近占いに行ったらあまり良くない事を
占い師に言われたそうな。

ラッキー/アンラッキーは人生のツキモノでございますが、
自分の人生の時間の多くはそのどちらに属すると考えるでしょうか。

程度の差はあれど、人は過去の体験や感情を基に将来の
観測をするような気がするのですが、
これから起こる事の配分なんて分からないものですし、
結局受取る側の受け止め方の問題でしかない様に思います。
絶対幸/絶対不幸ってのはそう滅多にないもの。


「飲み水も食べ物もあって何が不幸だ」ってのは些か暴論ではありますが、
まぁ似た様な話はいくらでも転がっておりまして。

事象についての感じる印象や、事象そのものや自分に対する期待値の
差で、事象そのものに変わりは無いにも関わらずラッキー/アンラッキーが
分かれてくると思うのです。

上に書いた占い師に言われた事を真に受けると、
今までも普通に有ったはずの日々のちょっとしたことが「あの日言われたことだ…」
と関連づけられ、アッと言う間にアンラッキーな日々が訪れ、
占いが当たった!と言うことになるでしょう。
さすれば、「どうすれば良いのか」また占いにくるでしょうな。
しっかり考えているわけです。


ラッキーなことだってそうです。
「アナタは今後暫く良い事があります」と言われると
今までも普通に起きていたちょっとしたことが「あ、ラッキーだ」と
思って、占いが当たった!と言う事になるでしょう。


ツイテル/ツイテナイってそういうもんだと思うんです。
絶対的に徹底的にツイテナイ、もしくは絶対的にツイテイルことなんて
まず無い。そんな人が仮に居たとしたら、
いずれにせよ既に天に召し上げられているでしょうね(笑)


ラッキー/アンラッキーは比較の上で成立するものでもなく、
受け止め方の問題とこれからに対する観測の問題なんですね。


「なんで自分ばっかり」と思う事も誰だってあります、
私だってあります。
でも「自分ばっかり」って何を根拠にそう思うんでしょうね。
他人になったこともないくせに良く分かるよなぁって(笑)

人間、誰だって相当な苦しさと言い様の無い煩悶は持っていると思います。
その上で更に、「自分はアンラッキーな人間だ」なんて思う事なんて
ないんじゃないでしょうか。


今まで起こった事に対してならまだしも、これから起こることに
対してどう考えてどう捉えていくかなんて、悪い方向に考える事の
意味ってなんでしょうね。
(最悪の事態に備える、ってのは大事ですよ)

私はそういう意味で楽天家でありますが、
ここまで読んだ皆さんはどう感じますか?













posted by nakason at 00:46| 東京 ☁| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

不思議な話。


友人に音楽の専門学校に行っていたという人がいて、
私は行ったことがないのでアレやコレや興味があって聞く訳です。


レッスンの進め方だったりなんだったり。
最近盟友のギタリストも有名な方に師事していたりってのもあって
凄く興味津々。

でも、話を聞いているとちょっと「え?うそ?」ってなることも
結構あるんですね。


例えば友人がいっていた学校では「バンドカウンセリング」
みたいなものがあって、同級生同士で組んでいるコピーバンドの
リハーサルを先生がチェックしてアドバイスをするそうな。

まぁ、楽しそうな感じですよね。

で、ここで良く有る話ですが、洋楽において顕著かもと
感じる話で「フレーズは正しいハズなのになんか感じが出ない…」って
ありますよね?

個々人ちゃんと当たってるのにグルーヴ(ノリ)が出ない、、
そういうのって結構多いんです。


なんで「感じが出ない」のか。
もちろん正解はあるんです。感じが出ないのには理由がある。



…友人の話に戻りますが、
そのバンドカウンセリングの際に講師に聞いたそうです。
ある洋楽バンドのコピーで「正しいハズなのに感じが出ない」って。


そしたら講師はこの様なことを言ったそうです。
「アメリカ人と日本人の違いだから仕方がない」みたいなことを(笑)


おいおい、冗談だろ??(笑)
何の為に学校に学びに来てるんだっつーの(笑)
私が生徒だったら激昂するレベルですよ。


そこでタイム感の分析(拍に対しての音の置き方)や
本当に正しい符割りで音を採れて、弾けているか
(意外と弾いてない音や、聞き取れてない休符がある)とか、
バンドの中でのアンサンブルやリズムの意識の確認とか、
それぞれの絡み方の確認とか、
音色に対して正しいアプローチが出来ているかとか、


いくらでもあるじゃん!と思った訳で。
ただの8ビートだって意識して聴く/弾くと無限の荒野だぜ。



これで生徒が「オレ、本物のアフロ・キューバンがやりたいんです!」
っていったのなら「う…うーん、出来る限り頑張ろう。でも限界はあるかも…」って
なるのは分かるけど、普通のロック/ポップスで人種の違いを持ち出すのは酷いわ。


そりゃ、マーカス・ミラーの腕っぷしやデニチェンのガタイを見ると
「こりゃ無理だな〜」なんて思う気持ちは分かるけど(笑)、
彼らが楽器をどうやって「鳴らして」、「弾いて」いるのかを
考えてアプローチしていけば絶対近いラインでやることは出来るはずなんです。
正攻法じゃなくても。


あのリチャード・ボナだってジャコとは違うアプローチで
ジャコそっくりなこともやる訳です。
ボナだって工夫してアプローチを考えているのに、
練習もマトモにしないで「人種の壁」なんて持ち出すとそこで試合終了ですよ。



でも、こういう奇妙な知ったかぶりって結構ある気がするんだよね。。
「ブルースはこうでなきゃ」とか「あんなのジャズじゃねぇ」とかってのも
形式/ジャンル分け大好きな日本人ならではだと思うし…。


ミュージックにアメリカ人も日本人もないだろうよ。
やりたいことが有る、でも出来ないことが有る、
じゃあなんで出来ないのか、どこが出来ないのかを考える。

それがないと上達も無いし、それすらしようとしないで
「表現」の土俵にあがって満足に何かを表すことがことが出来る??


表面的な技術よりそういう根幹となる部分を教えようとしない先生って
どうなんだろうねぇ。
逆にそういう部分を意識的にやっていたら必要な技術は
後からついてくるもんだとも思いますし。。



最近ギターと言うよりは音楽そのものを改めて学び直そうと
考えているのですが、こういう話を聞くと先生はきちんと
選ばないとダメだな〜って思いますねぇ。。
posted by nakason at 02:14| 東京 ☁| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

土下座は謝罪だろうか?


20数年間生きてきて(ちょっとサバ読んでますが、笑)、これほど
土下座が豊漁な季節があっただろうか。
短期間でこれほど生の土下座を目にかかるなんてことは今までなかった。

ドゲザ、ハラキリ、ニンジャは外国人にも有名だけど
架空の文化だと今まで思っていた。


結構衝撃的だった。土下座を要求され、土下座をする。
言われてもいないのに土下座をする。
いいトシしたオッサンが。オッサンたちが。

で、ところで、土下座ってさ。
上にも書いたけど『架空』のものだと思ってた訳。
まさか実際に行われるなんて考えてもみなかった。

恐らく、多くの人もそう感じたと思う。

そこでよく考えてみると、
今回の土下座は『正しい』謝罪の在り方じゃないんじゃない?
そもそも土下座の正しい意味や用法を知っている日本人自体、
もはや少ないと思うんだ。

ものの辞書によると、土下座は
『昔、貴人の通行の際に、ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をしたこと。』
に由来するそうな。

転じて、謝罪の場面で使用されることになったと。

簡単に言えば、身分の低いものが身分の高いものに屈服する様、
従う様が土下座そのものなんだよね。


謝罪の場面にしたって、基本的に土下座なんてものは
『頭を下げる以外に何も持たない者』が行うことなんだよね。
他に方法が無いから、アナタに屈服して言われることを全て
受け入れます…それが土下座の意味なんだよ。

ごめんなさい、と頭を下げることと土下座は基本的に意味が違うので、
土下座をしたから誠意のある謝罪をしたってことじゃないの。
勘違いしている人も多いけど。


土下座は謝罪と言うよりは、屈服、服従を示す行動なんだよね。
で、今回土下座した人達の姿勢ってどうかな?

「資産は温存、報酬も温存、組織も温存。賠償分は電気代の値上げから」
とか、
「よそも同じことやってる。悪いのは法律と肉の卸し会社」
とか。

まったく当事者意識と責任感が無いじゃない(笑)
土下座以前にまともな謝罪も出来ず、責任を取ることも
拒否している。

そんな人達の土下座なんて、全く無意味で滑稽な遊び。
ただの大衆に対するガス抜きパフォーマンスだよ。


こんなので溜飲を下げる傍観者も愚かだし、
土下座を要求して何かが変わると思うのも残念だ。

土下座をさせるのは彼らが全てを失って
『下げるアタマ』以外のものがない状況になってからで良い。


今は責任の所在を明らかにして、その責任を果たす道筋を
作らせズルをしないように徹底的に見張ることの方が大事。

土下座する暇があるならやることいくらでもあるだろうに。


土下座を隠れ蓑に、結構やってますよ。色々。
結局国民負担、資産・組織は温存。

見失わない様に。

「ごめんで済んだら警察いらない」
良い言葉ですね(笑)


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2011年02月24日

ライブハウス。


今日は久々、本当に久々に普通のライブハウスに客として行ってきました。
渋谷です。


個人的に、実を言うとライブハウスってあんまり好きじゃないんです(笑)
これいうと身も蓋もないんですけど(笑)
よく出てる側が何言ってんだって話になりますからね(笑)


でもさ、ライブハウスって怖いじゃん。
大抵暗いし、空気も澱んでるし。
特に日本のライブハウスは空気が悪い気がします。

で、活気もそんなにない場合が多い。
客席って静かなんですよね。意外と。


それで、一番苦手な部分がどこかっていうと、
『高い』ってところと『酷いバンド』に当たる確率が高いとこ。

大体一バンド30分〜40分でしょ、
それでチャージ2,500円で別途ワンドリンクとか多い。
アマチュアでも。

それって1分あたりの単価はサイモン&ガーファンクルの
コンサートより高いからね!


それで「ステージで練習」みたいなバンド見せられると
頭にクるわけです。


アマチュア/インディーズとかの場合、
システムも最悪でオーディションみたいなのもきちんと
やらないでチケットノルマさえ払えば出演出来るハコが
殆どで、マトモなバンドが非常に少ない。


で、ライブハウスはバンドにチケット代を肩代わりさせて客には
マズい酒(600円とって発泡酒、缶チューハイはザラ)を
出す酷い商売が多かったんです。


で、クソみたいな酷いバンドは「自分達で出演料を出してる」からか
本当にヒドいことをするんです。ロックって履き違えると
害悪以外の何物でもないんだな、と何度か思ったことがあります。


これを金払ってみるのはちょっと有り得ないな…ってバンド、
ライブハウスに行ったことある方は一度は思ったことがあると思います。
(そのときステージ立っていたのはオマエだった、なんて言わないでね!笑)


まぁ、そんなこんなで理由を挙げるとキリがありませんが
日本のライブハウスってあんまり好きじゃないんです。


でも、今日のライブはライブの内容も勿論良かったけど、
それとはまた別にして、ライブハウスの在り方も良い方向に
変わってきているんだなぁとなんとなく思いました。


行きやすくて入りやすくて、安心して聴ける音楽が奏でられていて、
食べ物・飲み物が美味しくて、安心出来る価格。
初めて聴くバンドでも楽しめる環境、初めての人でも
楽しませることが出来るバンドが出ている、こういうのが良いよね。
やっぱり。


時代が時代だから今までのヒドいやり方をしている所は
これから厳しい時期を迎えるでしょう。


でもさ、ライブハウスだけの問題じゃなくて
多くの出る側の意識や音楽の水準も変わっていかないと
結局ダメなんだけどね。

エンターテインどころか稚拙な日記を読み上げている様な
音楽で聴き手を無視して「自己表現だからこれで良いんです」っていうバンドも
多いからね。。


そういうのに限って「プロ/メジャー志向」とかいって憚らないし
「出る所に出れば自分の感性は受け入れられる」と思い込みがち…。
それなら表現媒体を音楽とかライブとは違ったものにした方が
良いんじゃない?って思うもんなぁ。
「音楽」「音楽」と言う割に音楽が二の次になっている人達の多いこと。。


色々と前向きな方向に変わって行くと良いなって、個人的には思います。

音楽不況とか言われているけど、不況の時こそ創意工夫の差が
鮮明に出る様に思いますから。
posted by nakason at 01:42| 東京 ☀| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

2月。


今日でもう2月。
一年の1/12が過ぎました。行く1月、逃げる2月に去る3月とは
良く言ったものですね。

悔いの無いといったら変ですが質の高い日々を過ごしたいものです。

外にも少しづつ花の香りが流れていたり、少しづつ
日が長くなってきたり、春はもうすぐそこに来ている様な気がします。
まだまだ寒いけどね。




さてさて、私は最近「諦める」って言葉に引っ掛かってまして。
私自身は「諦める」ことなんぞ何もないのですが、
近頃なんだか「諦める」って言葉が溢れている様に思います。


受験だったり、就職活動だったりもそういうのがイヤな感じで
くっついて回りますよね。私の周囲だと縁起でもありませんが
「音楽を諦める」とかそういった「夢・目標」に関しても良く耳にします。
全然理解出来ないんだけど。音楽を諦めるとかは。


個人的には物事に対して諦めるってのは別に構わないと思うんです。
出来ないことってあるし、やれば出来るんだろうけど
誰かにやってもらったほうが早いことも沢山あるし。


良く言えば戦略的撤退の意味で「諦める」ってのは
一つの判断ですから。


分散しないで出来ることにエネルギーを注ぐってことも大事だし。
観念することで覚悟みたいなものが出来ることもありますから。


私だってそういう意味では何かしらの諦めを覚悟に変えて
生きている様に感じます。


でも、最近気になってる「諦め」の種類って本当にイヤなもので、
物事に対してではなくて物事に向かう自分に対して「諦め」てる
人が増えているような気がします。


単純にネガティブな人、ってのとは少し違うんだけど
「諦め」にくっ付いて回るあの濁った薄透明の弱々しい空気。
なんとかならないかなぁと思っています。
(単純にネガティブな人ってもっと元気あるんだよね)


そういう人達って自分の「諦め」が何に係っているか
一度整理してみた方が良いんじゃないかな。


自分を諦めているならもっと徹底的に諦めた方が気も楽になるし
泥水もすすれるようになるから結果的に活路も出来ると思うし、
「こんなはずじゃ」と思っているなら何がどう「こんなはずじゃ」
なかったのか物事を明確にして諦める対象を絞った方が良いです。

何度も書くけど物事に対する諦めってそんなに悪いことじゃないから。


まぁ大体の場合は、

諦めてるポーズを作って攻撃をかわしたり自分の身を守ってるので
あって、多くの場合諦めきれないから苦しいんだと思うんだよね。



だから覚悟が定まらないし人の目が気になるし、
無駄に「一般的水準」が気になって行動や思考が
制限されていってる気がします。

「アレが出来ない、コレが出来ない自分はダメなヤツだ」って
そのアレやコレの意味や価値って人が決めたことじゃないの??って
思うことが多々あります。



多くの場合、諦めててもだからといって「死ねない」と思うし
生きていかなきゃいけないんだから、じゃあどうするかって
考えないといけない。


中途半端に諦めて世の中がどうこうと考えるくらいなら、
諦めない方が良いと思うし、
諦めるなら徹底的に諦めて一度自分を捨てた方が良いと思うんだ。
じゃないと良いこと無いから。


自分を責める理由を探すのも無駄なことだし、
悲観と反省は違うものなんだよね。


諦めと覚悟は背中のどこかがくっついているような気がするけども。


自分を諦めても仕方がないんだよ。
だって自分のことを自分はどこかで絶対に守ろうとするから、
完璧に諦めることなんて出来ないんだもの。


実際自分を完璧に諦めることが出来たのならそれは
悟りといっても差し支えないものなんじゃないかな。



まぁそんなこんなで「諦め」について感じていることを
ざーっと書いてみました。


諦めは悪いことじゃないよね。
でも、諦めを盾にするのは良くないことだよ。





posted by nakason at 01:14| 東京 ☀| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

Lucky Guy。


なんていうか、くじ運とかそういうの全然ないんですけど。
この間の年末ジャンボなんて100万円と番号がたったの五個違い。
…五枚前を買ってたら当たってた!

まぁそういうのは本当に運が無くてね。

クラスの席順とかもまぁ良い席にはいかなかったり。
西日の当たる席で居眠り出来ない!とか、
まぁそんな感じ。


そのおかげでギャンブル欲とかは一切無いんだ。
麻雀も大昔に覚え始めた頃、プンリーに振り込むという
ありがちなドジをしてしまい「向いてないな」と
その日以来やってないくらい。




でも、そういう運はなくても、人に当たる運とか
生きてく上での運はある気がするんだよなぁ。


良い人に出逢うし、「あ〜どうしよう!困った!」って
なったときは目の前にコロコロコロとヒントが転がってくる感じ。
ほんと、ヒントとか解決策は手元にあるんだなぁと。
手元に無い場合も誰かにいつも助けてもらっている。



そういう意味では本当に「Luck」を持っていると自分で
思うのですが、この「Luck」ってヤツは横にいるからと言って
そのまま頼ろうとするとアッと言う間に逃げて行きますからね。


「お前なんかの世話にゃならねぇよ」(でも、いつもありがとうね)なんて
スタンスで自分のやるべきことをしっかりやっていると、
後ろからそーっと手を貸してくれる。
「Luck」って…私の横についている「Luck」ってのは
そんなヤツの様な気がします。


自分の横には「Luck」がいて、
多分その「Luck」の性格はついている人によって
それぞれ違うんだろうけど、


結局なんにでも「ツイテナイ」という人って、
自分の横にいる「Luck」に気がついていないか、
「Luck」が行動したくなるような環境を作れていないか、
最初から「Luck」任せなんじゃないかな?なんて感じる時もあります。


自分の横に「Luck」がいることに気がつけば
容易に運のせいには出来なくもなるし、
ちょうど良い感じになるような気がします。
人が自分にしてくれていることに敏感に、
そして素直にもなれるし。


自分の横にいる「Luck」の形を考えてみるのも
暇な時とかにやってみると良いよね。



そんなお話。ちゃんちゃん。




posted by nakason at 01:10| 東京 ☁| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月10日

ニューヨーク。


昨年に引き続き、行ってまいりました。ニューヨーク。
息抜き、修養、修行を兼ねて。


打ちのめされる様な、励まされる様な。
濃い体験が沢山出来ました。

ジャムも出来たし、ライブも沢山観れた。
ロジャーの顔を見ることもまた出来たし、モンスターともまた会えた。


言葉がもっと上手く出たら、と思って。改めて英語も
勉強しようと決意した次第。
一週間動きまくって、どうも気抜けしてしまってますが
心の中は結構燃えてます。

やれば出来るし、通用するはず。

泣きそうになるくらい優しくされたことも
心に大きく残っています。


撮った写真を整理していると、やはり印象的だった物事の最中の
写真はすっぽり欠落しており、紹介出来ずに残念な反面、
自分にとって大きな衝撃だったことを改めて思い知らされる気がします。


今はとにかくすっきりした気分。

ちょっと写真でも紹介しようかな。


suzumeNYC.jpg


NYの雀。ちょっと色が薄くて、顔が可愛い。


toriNYC.jpg


公園にいた鳥。おしゃれ。



risuNYC.jpg


risu02NYC.jpg


栗鼠が死ぬ程いる。ぬたぬた歩いてちょっと…。



kumorizoraNYC.jpg


雰囲気満点の曇天。


meibanNYC.jpg


言わずと知れた大ヒット作。のHiphop版(?)


BrooklynskyNYC.jpg


ブルックリンからみるマンハッタンの空。



Beer!01.jpg



Beer02NYC.jpg


天国。


monster!.jpg


天国に住み着くネコ。その名もモンスター。
この醸造所の特別なボトルの名前が「monster」だそうで
そこから付けられているとのこと。

プライドが高い、美人(ハンサム)なネコ。


bedford.jpg

ベッドフォードの夜。


sky01NYC.jpg


宿から出た瞬間の朝の青空。


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guggenheim02.jpg


guggenheim03.jpg


guggenheim05.jpg


gugenheim06.jpg


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metropolitan02.jpg


名だたる美術館とその周辺。美術館はとても好きです。


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楽器街もある48TH。


twilight.jpg


暮れに映えるオレンジ色の尖塔。



timessq.jpg


ゴミゴミのタイムズスクウェア。


littleitaly.jpg


littleitaly01.jpg


nolita.jpg


早朝のリトルイタリーの端っこ。
祝日を控えた週末。



lowereastside01.jpg



lowereastside02.jpg


ロウワーイーストサイド。下町感のある活気のある町。
空青し!



brooklyn!beer!.jpg


天国にも入り浸っておりました。


chelsea01.jpg


chelsea02.jpg


チェルシーの夕暮れ。去年と同じ色合いで素敵でした。


HowBigSteak!.jpg

1kgくらいのステーキ。お皿は30cm強はあったかと思います。
良いお肉でぺろりと食べられ、翌日もたれなし!
素晴らしい。

また食べたい。



lol!01.jpg


斬新な遊び心。放置自転車をニットで編み込むなんて!


soho.jpg


SOHOのはじっこ。こちらも空青し。


lespaultriowithwayne!.jpg

Les paul trio feat.WayneKrantz!

異種格闘技にも程があるだろ、と一人ツッコんでおりましたが、
どこでもウェインクランツはウェインクランツ。
自分の言葉でしゃべるカッコ良さにシビれました。

滞在中、とにかくウェインクランツは観に行きました。
凄かったよ。



は〜、また行きたくなってきた。
頑張ろう。


滞在中に関してはまたポロポロ書ければ書いていこうかな。
音楽が身近って凄く素敵。




posted by nakason at 10:33| 東京 ☁| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

musicmusicmusic.


今日は早めに予定を切り上げてエイドリアン・ブリューを
観に行こうと思っていたのですが、、
見事に時間がなくて見に行けませんでしたとさ。
トホホ。

2ndセットがない公演なんだもん。


それで、日が暮れおわるくらいの時間に
近所を散歩して気分転換していたわけです。
お気に入りのアルバム聴きながらね。


そのアルバムの中でも特に好きな曲のキーが
Dメジャーなのですが、ちょうどその曲を聞いている時に
林の間から

「カナカナカナカナカナカナ…」

ヒグラシの鳴き声が。


なんと「レ」の音!D=「レ」ね。
しかもピッチがめちゃくちゃ良かった(笑)


説明が難しいけど、何だかゾクゾクッとしました。
映画のワンシーンの様な、もしくは今聞いている曲そのものが
世界に溶け出していっているかの様な。


世界もまた音楽なんだって実感できたというか。
説明が難しいなぁ。


こういった世界そのものを音楽に変換していく作業が
したいってずっと思っている訳で。
写真の様な、絵の様な、はたまた世界そのものの様な。


ヒグラシの声に感銘を受けました。

その後散歩の帰り道が新鮮で新鮮で堪らなかったです。

暮れた空に映える電車の光、家路を急ぐ人、
風の音、雲に残る太陽の僅かな光線。

凄いアンサンブルなんだわ。ビックリ。


思いもかけぬ収穫でした。



posted by nakason at 00:14| 東京 ☀| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

どうにもこうにも。。


最近、私自身のことは至って調子がよく揚々たるものですが
ある事でずっと「イライラ」しておりまして。。

イライラするってほんと良くないんだよ。


物事の色んな側面が見れなくて、真っ直ぐ見れないから
判断も間違えそうになっちゃう。
ついつい悪いところ見ちゃう様な気がする。

これが続くといよいよ運が悪くなるってヤツです。

視野狭窄。



あぁ、イライラの種が自分自身に関わることであれば
どれだけ楽か。そんな芽は摘んでオシマイって出来るのに。

しかもその件以外は万事順調だからこそ
余計に際立つのです。




頑張れば頑張った分だけ返ってくる、
好きなことは自由に出来る、
しがらみもなく制約も無い。

でも、一歩を踏み出さない。
踏ん張らない。


怖いんだろうけどね。
人や社会や自信のない自分が。


人を見下した様なプライドも垣間見えると。
恐らく踏み出せない自分を正当化してるのでしょう。


世の中、色んなしがらみや、経済的なことで
好きなことを出来ない人、沢山いるじゃん。
職業だってなんだってそう。


そういう自由が欲しくてもどうしようも
無い人が沢山いるじゃん。


なのに何で自由があるのに何もしないんだよ、って。
頑張れば返ってくるのに。


日々を溶かしてトイレに流す様な生き方して
どうしようっていうんだろう。

いい加減自分の足で立って自分の目で見て
手で掴むことを覚えようよって。


昨日も今日も明日も同じ、時間を溶かして終わり。

ふざけんなよって思うんだ。
小さな喜びも見付けようとせず殻に閉じこもって。


今自分が火をつけて煙にしているものが
何なのかも自覚がない。
人をバカにしてる間に、人のせいにしてる間に
立派な人間になれるわけがない。


半年前も、三ヶ月前も、先週も同じ話をしたのに。
その間の時間は全部溶けて下水に流れていたようだ。


どうしたら一歩踏み出してくれるんだろう。


どうしたら。


良いんでしょう。



自分でなんとかしなきゃいけないのは
分かってるんだろうにさ!



posted by nakason at 23:40| 東京 ☀| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

力なく笑う…。


普天間の基地移設問題、兼ねてより腹案腹案と言っていた
首相ですが、大方の予想通り大変な腹案でしたね。。



「在日米軍の抑止力を低下させてはならない。
県外に移設すると、海兵隊の機能を大幅に損なってしまう」



と言うことですが、上で言ってる内容って
民主党が選挙の時に「国外、最低でも県外」と
言っている時に自民党に突っ込まれていた内容そのもの…。



首相の発言を時系列順に選挙の時から並べてみても
途中(最初から?)から明らかに引き延ばすための嘘を
ついていたと言わざるを得ない。



一番の問題は何かと言うと、公約を守れなかった、
と言うよりも公約を守るための具体的なプロセスを
何も踏まず時間だけを潰して来たことだと、
個人的には思います。



頑張った結果、具体的な知恵を絞り出した結果なら
ある程度理解は出来る。野党の時から「その日」のための
下地作りを行い地道な作業、勉強をしていたならまだ分かる。



現実は野党の時は「これを言えば票が取れる」が
動機、政権を取ってただの勉強不足が露呈し
(と言うよりも沖縄も選挙の道具としか見てない訳で
それも当然ではあるけれども)
地元民や国民に地道な説明をすることも無く、
自治体の上の人にだけ対応する…。


これでは何も進まない。


また、本来基地とは切っても切れない日本の防衛、
安全保障、日本の「平和」についての話も何も無く、
本質の理解が首相には出来ていないのではないかと
感じました。



出来なかったことに責任を取る、と言うより
良識があるなら出来ないことを出来ると言った事に
対して大きな責任があると思います。
マトモな大人のすることではないし
臆病なら風呂敷は小さく拡げるべきでしょう。。



ニュースを見て、力なく笑ってしまいました。
結末は知っていたけど、まさかそのままとはね。



---------------


宮崎の問題でも、沖縄の問題でも、


人の痛みを知ること、感じること、考えることは
とても難しいことです。
大きなレベルでも、個人のサイズでも。


また、人の痛みを知ったからと言ってその痛みを
他所の人が取り除くことも難しいことです。
悲しいことながら。


力が必要だし、力が有っても
どうすることも出来ない場合も沢山あります。



人の痛みも、頭の片隅や心のどこかで
チクッと痛んで分かった様な気になっても、
その気持ちは自分の生活の中に埋没し、
時間に押し流されてしまいます。


情けないことだけども。
諦めている訳ではないんだけども。


「他人事」だからって済まして、済まされて。


でも、何も出来ないからこそ
感じられるだけの想像力を働かせて、
考えられることを考えることを、
出来ることを探すことを、
忘れない様にと思っています。


自分のことで精一杯、みんなそうだよね。
それも分かるんだけど。。
私も自分のことで精一杯。
自分がよけりゃ、それで良い。



多くの人の無関心が固まって、
その固まりがどこかで大きな暴力を
振るっている様に感じることがあります。


今日のニュースを見て力なく笑ったとき、
自分でも何とも言えないイヤな気分になりました。





posted by nakason at 02:17| 東京 ☔| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

自然に対する冒涜。

揺れに揺れている、というか揺らしている、というか。

米軍普天間基地の移設案件ですが。


辺野古沖に移設する反対の大きな理由に「自然破壊」に
対する懸念、があります。私が沖縄にいたころも良く聞きました。


他にも治安維持の問題や、「戦争(人殺し)のための基地」に
対する反対感情も主な理由に入っている様に思います。
今まで無かった所に不可抗力で出来るんだから本来理由も
何も無く反対に決まっているのですが、
議論をするためには「理由」必要なので色々理由も考えたのでしょう。



だから基地を作るために、国側が埋め合わせの諸条件を
提示していたわけです。振興策ということでお金も沢山あげて。
良い条件を譲歩させるためにホントはお金が儲かるから
基地移設も別に良いんだけど「反対」って叫んでいた人も
沢山いると思います。
(悲しいかな、沖縄は経済・産業的な自立は出来ておらず、
またその準備も遅れているので責めることは出来ません。
戦争に負け、唯一陸上戦で焦土にされ、その後米国統治下に
置かれ日本に遅れること約30年で日本に戻った訳で
ハンデが大きすぎる。制度のギャップにも多くの人が
苦しい思いをしました。医療、教育、法律で全部に
遅れが生じていたわけですから)




知っている方も多いと思いますが、基地の「土地」は
良いお金になります。借主(米軍)がずっと住んでくれる借家と
同じなので。当然、それに伴って経済活動も行われるので
お金が良く動くんです。戦争でもどっかで起こってくれれば
尚のこと。景気があがるんです。なんてヘンテコな話。
(某O幹事長も辺野古近くに広大な土地を購入していますが…)


退職金で資産運用のために軍用地を買う人も多くいるくらいです。






何故、沖縄に米軍基地があるか。
一つに、戦争に負けたから。二つに、ちょうど地理的にも良く
終戦当時焼け野原だったから。三つに日本には軍隊がないから。
四つに、沖縄が経済的に自立が出来ず国の援助が必要だから。


他にも理由はありますが、これだけよってたかって
がんじがらめにされてる状況で、米軍基地だけどっかに
移して良かったね、で済む話ではないんです。
基地が元凶ではなく、顕在化している悲劇ってだけです。
原因を解決しないかぎり基地はなくなりません。



米国の言いなりがイヤってんなら、国家の安全保障のためには
日本軍が必要になります。しかも中国やロシアの様な軍事費も膨大、
兵士も自国民を徴収している軍事超大国に隣接しているのですから
相当な規模、装備(あるいは核ですら)をあくまで「自衛」の為に
用意しなければならないのです。
戦争を起こさなくたって、巻き込まれたり仕向けられたり
するのですから。
国防ってのはとても厳しいものです。
こっちがお人好しでも他がどうかは分からないんです。
困れば何をするか分からないのもお互い様です。




でも、こういった話は日本のタブーにされちゃっているでしょう?
タブーになるように仕向けられているし、日本自体が大きな
矛盾の中に未だにあるわけです。
平和、平和って叫ぶなら平和の中身を問うべき、
今有る平和の形をしるべきです。



それを抜いて、米軍基地だけの話をしても
ましてや「辺野古沖に移設するのは自然への冒涜」とか
言われてもトンチンカンも良いとこです。
基地の今は「結果」でしかなく、沖縄の窮状と
日本の欺瞞の現れでしかありません。


「自然に対する冒涜」っていう言葉で片付くわけない。
環境問題にすり替わるべき話でもない。
首相の発言とは思えませんでした。



沖縄に対して「豊富な自然が」とか「原生の自然が」とか
いう人は一度googleマップで沖縄の地図を見て下さい。
一度、飛行機で行く時に上空から見てみて下さい。


禿げ山だらけ、ゴルフ場だらけで泣けてきますよ。
道路だらけ、基地だらけで泣けてきますよ。
ゴルフ場もリゾートホテルも本土の企業の資本で
開発され、沖縄の人は「雇用」に甘んじて自然を
切り売りしてやってきたのです。土地も自然も
もう沖縄の人の手から離れて久しいです。



ご存知の通り、綺麗な海は山や森が育てます。
サンゴの白化は海水温の上昇も原因ですが、
ゴルフ場を切り開く時にでる大量の赤土や
赤土の流出を防いでいた植物の消失により、
一気に汚染されたことも大きな要因です。


私が産まれたころ、小さかった頃の方が
海はまだまだ青かったです。
最近は帰っても「汚れたなぁ」と思うことばかり。

お金がない土地だから、公共事業もジャブジャブ注ぎ込んで
そのカタに基地を押し付け、リゾート・観光産業と
名付けて自然を切り売り、変造してるのです。
雇用乞食です。


今更、「自然に対する冒涜」と言われると
なんだか泣きたくなります。
自然はとうの昔に冒涜されきってる。


国のトップがこの程度の認識。
あぁ、沖縄は依然として麻酔薬漬け、と。
目を覚ます頃には痛みで死ぬのではないか、と
思ったりもします。




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100424-00000534-san-pol









posted by nakason at 23:01| 東京 ☁| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

イクラ=ロック=パンク。

私は自他ともに認めるサザエさんマニアなのです。
皆結構ほのぼの流して観てるけど、私はゲラゲラ笑いながら観てます。

サザエさんの視聴率が高いと景気は良くないそうですが、
私も不況に加担している様な気がします。

サザエさんってかなりシュールっていうか、キャラ設定もキテるけど
脚本も結構狂ってるの多いんですよね。
全自動卵割り器とか狂ってるとしか言い様がない感じだもの。

そんな愛するサザエさんの中でも、一番好きなキャラは
なんといってもイクラちゃん。イクラちゃんが好き。

まずはこのエピソードを。。

http://www.youtube.com/watch?v=effI7MRb1vI&feature=related


天真爛漫、天衣無縫、唯我独尊エトセトラエトセトラ…。
イクラちゃんを形容する言葉は沢山あります。


あたかもロックンロールやパンクスに於ける3コードの不文律が如く、
3つの言葉だけで全てのコミュニケーションを完結させる男。
強固な意志を指し示す男。
それがイクラである。

すなわち「ちゃーん」「ハーイー」「バーブー」。

イクラちゃんを観てるとこの世のコミュニケーションの在り方が
いかに煩わしいことかと痛感します。

神の怒りに触れたバベルの塔にイクラがいたら神様も
さぞ困ったことでしょう。

語彙なんていらない。言葉はバイアスであり
ただのフィルターでしかないとイクラは言っています。

そんなタフガイのイクラに憧れます。
ロックであり最もパンクだと思うのです。



気になる所といえばたまにタラちゃんを含め全員を
下に見てるっぽい行動だけでしょうか。。。
甘やかされてますね。


明日も見逃せないぜ!







なんてこんな下らないこと書いても良いのかな、このブログ。
今更か。



http://www.youtube.com/watch?v=XiyJX1bEqn0&feature=related

たまも可愛い。好き。

たまの声ってサンプリング?だよね?
声も良いんだわ。
posted by nakason at 23:31| 東京 ☀| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

子ども手当のバカさ加減。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100311-00000004-jct-soci


当ブログに以前ちょろちょろと子ども手当に反対であるという旨の
内容を書いておりましたが、今でも毎日結構な人数の方が
『子ども手当 反対』という検索ワードで当ブログに来てくれています。


この制度、高校授業料の無償化と併せていっそのことヤメれば良いんです。
普天間も県外移設と言っていたのもじきに無かったことになるんだから。


理念自体や理想は良いとしても、肝心の中身がグチャグチャ。
何でもありの穴ぼこだらけです。全部。


掛かる経費の割に効果は見えず、不正のやりようは多く、
そして何より平等を建前にした不平等しか生み出しません。


こんな穴だらけの法案をなぜ性急に通そうとするのか。
参院選に向けて子どもがいる家庭の主婦層の票の買い取りだと
様々なところで言われておりますが、正にその通りだと思います。


税収が40兆円を切る状況で、子ども手当の財源が支給分だけで
5兆6000億円…。支給に関わる人件費などの実際のコストはさらに
加算されるのでかなり膨大な内容となります。
高校無償化も5000億円強の財源を要しています。
どこにそんなお金があるのか…。

肝心の『埋蔵金』とやらも一回限りのものが殆どですし、
3兆円ムダを切ったと言っていた事業仕分けも蓋を開ければ
6000億円も切れていません。
(私がブログで指摘した通り、医療報酬の見直しも当然の様に
無かったことにされています。医師会も大事な票田だからね!
公務員改革も行われません。永遠に。)


これが「国民の生活が第一」とか「コンクリートから人へ」の
中身だとしたら噴飯モノです。


毎年これだけのお金があれば、もっと色々と子育てに関わる制度を
充実させられるし、教育環境の整備にも使え、雇用も作れるんです。

子ども手当の様に消費に使われるだけでなく、
産業を作り出せるんです。


自由に使えるお金を直接渡すのではなく、
子育てに掛かる実際のお金の減免や保育施設の拡充、
無利子、返済免除の奨学金の拡充(天下り財団を排除して直轄でやるとか)で
向学心はあれど経済状態が厳しい家庭の支援等々、やることは一杯あります。

今のままだと働きながらの子育ても難しく、
月額2万6千円を貰っても何ともし難い状況の家庭が多いと思います。

それに、子どもが欲しくても生きていくために仕事を離れられないが故に
子どもを産んでいない人達のことを子ども手当は救ってはくれません。
少子化対策になっていないわけです。


「一律」で行われる制度で平等の実現は有り得ないんです。
世の中、前提が不平等・不均質なんだから一律にしたって
揃うはずもなく。。


最近、友達に子どもが出来たので尚のこと思います。
子育てにはお金も掛かり、時間も労力も大変なものを要します。
2万6千円をバラまいてお茶を濁す前に、国として本当にやるべきことを
真面目に考えるべきです。


やり方は沢山ある中で一番中身のない方法を取っている気がしてなりません。



posted by nakason at 10:32| 東京 ☀| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

クリームパンと私。

近所のスーパーにPascoと何かと噂の男前豆腐店がコラボして
販売している「男前豆腐店クリームパン」と言う何とも雑な
名前のクリームパンが置いてありましてね、、、、。


これがサッパリ売れないワケ。いっつも売れ残って
賞味期限ギリギリになって30%offとかになってたワケ。

私も最初は「けったいなパンやなぁ」(何故関西弁?)と敬遠して
いたワケですが、ある日ふとした興味から消費期限当日に
半額になっているそのパンを買って食してみたんですわ。


そしたらね、なんと、これが、また、美味しかった訳です。


コーンスターチをはじめ添加物を混ぜまくりで
水かさ増した似非クリームによるクリームパンが溢れる昨今、
逆にクリームパンらしい、誠実なクリームパンでした。
クリームパンって美味しいよね。


それで、私以外本当に買う人もいないようだから
値引きになったヤツをおやつ代わりにせっせと買って
いたワケです。 安く買えるしこりゃ丁度良いや、と。


そしたらね、当然予測出来る出来事ですが
その「審判の日」が来たんです。
そりゃそうだよね。と。私が悪かった。


スーパーが「販売不良」のパンとして取扱いを
ヤメたワケです。OMG!wtf!なんてこった!


私は後悔しました。

3個買ったらそのうち1つ位は値引きされていない
消費期限に余裕のある個体を買うべきだった、と。
私はクリームパンとの接点を接している気になりながら
自ら切っていたのです。


後悔先に立たず、

覆水盆に返らず、

こぼれたミルクに泣いてはいけない。



凄く下らない感じのことを大げさに書いて
しまいましたが、こういうことって意外と世の中多いです。



音楽、CDなんて全くその通り。

ちょっと気になって、実際に「良いな」と思ってる
音楽家、アーティストがいるとして、
気に入っているくせにCDを買わず、ネット上に
あるものを落したりCDを焼いてもらったり。

心当たりある人は多いと思います。

その結果、どうなるか。


その気に入っている音楽家、アーティストは
「売れてない」という理由で契約を切られ
次のCDを出すことが出来なくなります。


特に今の様なダウンロードをレコード会社すら
押し進めている様な環境においては
シングル優先のコマーシャルソング以外には
非常に厳しい状況です。

ファッションだか何だか分からんがタレント性重視の
(ゴミみたいな物が大半の)ファストミュージックだけが浮かび消費され、
ソレ以外の音楽は沈む一方です。


レコード会社もますます自分で自分の首を絞める
マーケティングに突っ込んでいっているので
救いようはありませんが。。
(一過性の消費、一時的な大ヒットだけを重視するからこんなに
下らない状況になっている!ロングセラーが無い世界です)


CDを消費と思って買うと高いけど、一生付き合える良書の
様な物として考えると意外と安い物です。
そう考えるとCDってそんなに高いものでも無いから、
流行廃りで考えず、「良いな」って思う音楽家/アーティストが
いたらCDを買ってあげて下さいな。
そうすることで良い音楽とずっと繋がっていける訳です。


小さいことだけど、結構大事。

posted by nakason at 00:55| 東京 ☁| Comment(0) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

手の大きさ。

私、よく「手が大きくて、指が長い」と言われるんです。
ギターを弾いていると本当によくそう言われるのです。
(個人的にはそう見えるってことは嬉しいし、良いことだと思います)


そこで、実際私の手の大きさはどうかというと、
むしろ全然大きくないんです。
多分、平均的な身長の男性を10人集めたら4番目か
5番目位になるかも(笑)
女性でも同じくらいの指の長さの方がたまにいるくらいなんですな、
実は。


あと、小指が非常に短いのです。
薬指の第一関節から更に1cmくらい短いのです。


なので指のバランスが結構悪いんです。

高校生のときはこの小指の短さに相当悩みました。
弾けない部分があったから。


バカらしい考えですが、骨折すると折れた箇所がくっつく際に
若干伸びるので一度小指を折って名医に接いでもらおうかなんて
考えたことがあるくらいです(笑) バカらしいなぁ。


ただ、手があまり大きくないことと小指が短いことが
逆に良かったなと思う部分もありましてね。


大きくない分、ギターを弾く前に指のストレッチをやる様に
して「開く」様にしたこととぞれぞれの指が独立して
動く様に練習してカバーするようにしたんですな。


なので左手の指間は相当開きます。
フォームも工夫するようにしたので、手が大きく見える
というわけです。

いつの間にか「蜘蛛みたいに動く気持ち悪い手」と
呼ばれるようになりました(笑)


今でも大きい手、長い指が羨ましいことがありますが
手が大きくなくてもギターはきちんと弾けるのでね、
このまま頑張ろうと思います。


あんまり、手の大きさはギターを弾くのに関係ないんですな。
大事なのは効率を考えて欠点をカバー出来る工夫をするコトなんです。
これはギターに限った話ではないけど。

ちょっとした手の話でした。



昨日はライブで一曲、途中でピックを落してしまって
(ピックを軽く持っているので…)、拾うタイミングが無かったので
一曲そのまま爪で弾いたのですが、見事に親指の爪が吹っ飛んで
人差し指の爪も削れて薄くなりました(笑)

次からはピックホルダーとかも用意した方が良いかなぁ。。
爪って大事ですものね。
posted by nakason at 00:49| 東京 ☀| Comment(2) | よもやま話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする